〜 いまを考える 〜



〜 いまを考える 〜

Associate Generations -28- 

目的は、熟考とmix up。
日記やコラムのような自由な投稿で、同世代のいまについて互いに理解を深めたいと思っています。



2017年5月21日日曜日

「市場化」を考える。







パン屋だけれど、毎食お米の流清です。





ある日朝ご飯を食べていてふと、


「そういえば、普段毎日食べているこのお米。実際にどうやって作っているのかなー。」



と思い立ち、実はこの間休みを利用して、恥ずかしながら初めて農業体験というものをしてきました。




お世話になった農家の方々と一緒に田植えや山菜取りなどをやらせていただきましたが、これがなかなかに楽しい。


親族が総出で駆けつけ、イベント的な感覚?なのでしょうか。和気あいあいとみんなで作業し、世間話をしているのが純粋に楽しかった。





きっと昔はこういう風景が大多数だったのかなと思いを馳せました。






さてさて。



翻って現代は、街のスーパーに行き、お金を払えば、お米は手に入る。



お米は「市場化」されているから。







戦後日本において、戦前は家庭内でやっていた様々な領域が急速に「市場化」されていった。


例えば食事や衣服の縫製、育児などが、外食や既製服の購入、託児サービスという形で、生活に浸透してきたように。





「市場化」の功績は便利な生活、効率的な生産だろう。




しかし同時に負の側面。


我々から「体験」や「共同体意識」を奪ったとも考えられないだろうか。






前時代、家庭内での営みや友人、隣人との「好意」や「必要な交換」で済まされていたモノ・サービスが、市場に行き対価さえあれば無限に手に入れられるようになったのは間違いない。



人との密なコミュニケーションを介さず、お金を介すことで、個人の個別化はより進んでいく。



Age28の初回の記事でも書いたが、こうして整理してみると、価値観の多極化を進めた一因は「市場化」にあると思う。




これが良いことか悪いことかはわからない。





そもそも良い悪いの次元では語れないかもしれない。





今後もきっと様々な領域が「市場化」されていく。



この流れは止まらないだろうが、


多極化が一極化にいずれふり戻されるとしたら、


市場化された領域は、社会はどう変化していくのだろうか。






見識不足で完全に勘だけど、やっぱり福祉国家への移行が現実的な線なのかなー。




皆さんはどう考えますか?





written by 日曜の流清

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