社会の市場化の先は、僕はまだ見えない。
一方で、
社会の形を考えていくには、幸せについて考えなければならないと思う。
市場化された社会にシアワセはある。
とはいっても、シアワセが幸せとは限らないけれど。
市場化された社会は、過去と比べたら非人情的なイメージをも持つのかもしれないが、そもそも市場化される前のシアワセは本当に幸せだったのだろうか。
過去のカタチへ回帰しても、幸せってこんなものだったか、と思うかもしれない。
そもそもジンテーゼ的な発想で良い社会を作っていかないと、過ぎ去った時代の人々にも、生まれくる次世代の子らにも失礼だ。
さて、
市場化された社会の中で生きていても、市場化できない幸せがある。
それは、個人の中にある想い想いのもの。
それを真剣に追求して行くことが、自分の幸せへの道。
市場化の次の社会は、それぞれの幸せを追求しやすい社会であってほしい。
そのためには、今の社会の中で、市場化できない自分の幸せを追い求めることが必要だろう。
自らを市場化しないこと。
自分にとっての幸せのカタチは何だろうか。
written
by 水曜の茶昊
2017.5.24
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