〜 いまを考える 〜



〜 いまを考える 〜

Associate Generations -28- 

目的は、熟考とmix up。
日記やコラムのような自由な投稿で、同世代のいまについて互いに理解を深めたいと思っています。



2017年4月9日日曜日

「変化していくために」







「ほんと、全然変わらないよな。安心するよ」








親友と久しぶりに会うときよくそう言われる。






そうだね。





変わらないために、意識して自分を変えていこうと日々思っているよ。







年齢とともに越えるべきハードルは高くなっていく。




特に20代後半というのは、それ以降の人生に大きな影響を及ぼす選択を多々迫られる。






「仕事」、「恋愛」、「結婚」、「子育て」。






10年後にはさらに「介護」が加わるかもしれない。





変わらない心で生きたいと願う。





いつでも変化を起こすのは自分の気持ちひとつだが、取り巻く環境のシビアさに変化"させられる"こともある。





望む方向へ変化していくためには見据えなければならない。





越えるべきハードルを。





これからの時代の変化を。















では、具体的に世の中はどう変化していくのだろうか。



最初の記事でも書いたが、今起こっている変化のひとつは「働き方の見直し」である。





言うなれば「時短」。






労働生産性を向上させ、長時間労働や無理な働き方を是正し、ひとりひとりの「ワークライフバランス」を保とうという一連の動き。






社会がいい方向に向かってきている。





そう感じている人も多いかもしれない。










しかし実は、




今のこの「過剰な労働」が「生産性の向上」によってもたらされている




としたらどう思うだろうか?







理屈はこうだ。引用を記す。






ーーーーーーーーーー


もしも、すべてのものを働かなくても手に入れられる、究極に労働生産性が高まった「楽園」においては、成果のための給与が誰にも支払われない。



結果として、「楽園」は、現金収入ゼロ・100%の慢性的失業率という「社会的な地獄」に変貌を遂げる。





極端な例だがもっともな話だ。




高度な生産性が実現した社会は、少人数の労働で多くの生産が上げられる。結果、多数が失業する。




これを「楽園のパラドクス」という。





日本も似たような現状ではないか?




失業の不安にかられて過重な労働を行い、それが生産過剰を招き、結果として社会に「失業」と「過労」が同時に存在する悪循環に陥っている。




また、労働生産性を担う少数とそうではない多数とで、貧富の二極化が起きうる。(少数に仕事とその対価の富が集中するのだから)





「創造的福祉社会(広井良典氏)」

ーーーーーーーーーー







生産過剰が、過剰な労働と失業をもたらしていると示唆する鋭い洞察である。





労働生産性をただ高めればいいという話ではない。




社会における過剰の抑制と富の再分配の在り方。





時短が推進される流れの中で、この2つも同時に考えていかなければならない。







私は、そのカギは、北欧諸国の社会保障制度にあるとにらんで関連書籍を読み漁っている。






皆さんはどうお考えになるか。





ぜひ聞いてみたい。









written by 日曜の流清(りゅうせい)