勝ち負けに無性に拘る人っている。
遊び心混じりでならよくあるけれど。
遊びでなく、本気で勝った、負けたに一喜一憂していたら、それは疲れるよなーと思う。
勝ち負けという単純な切り口で日常を見ていけば、やはり単調な日常になるのは必然。
日常の奥に潜む勝ち負けでは到底測れない深いコトまで目が行き届かない。
「この世界に果たして勝ち負けはあるのか。そもそも勝ち負けってなにか。」
この問いに関して、このブログを読んでいる方のご意見をぜひお聞きしたい。
僕は、勝ち負けがあるとしたら、
自由になれたかどうか。
それ一点だと思う。
人はそれぞれ何かしらの宿命や業を抱えて生を受けたと思っているんだけれど、
それに向き合えず、がんじがらめになってしまったら負け。
きちんと向き合って、自分の中で宿命(あるいは弱さ)と格闘して、心で納得できたなら勝ち。
シンプルにそれだけではないだろうか。
「自分の使命はなにか」。
「どうしたら自由に生きられるのか」。
「自分を疲れさせる、不自由にしている鎖は何だろう」。
もしちょっと勝ち負けに拘ってしまっている時は、ちょっとこの問いかけを自分に向けてみる。
そして、自分に必要なことを再確認して、自分と格闘する。
自分と格闘して、今の無知で無力な自分を、力ある人間に変えて、宿命に応える。
他人と戦ってるエネルギーはないはずだ。
格闘すべき相手は…。
流清
自戒を込めて。
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